高松高等裁判所 昭和25年(う)914号 判決 1952年3月29日
控訴人 被告人 阿部民彦
弁護人 品川書記一
検察官 田中泰仁関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審の訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人品川書記一及び被告人の各控訴趣意は夫々別紙記載の通りである。
弁護人の控訴趣意第一点について。
論旨は被告人の本件行為の場所は小学校校庭であつて道路ではなく交通の安全を脅かしていないから、原審が本件につき道路交通取締法を適用処断したのは法律の適用を誤つていると主張する。
仍て考察するに道路交通取締法は道路における危険防止及びその他の交通の安全を図ることを目的とするものであり(同法第一条参照)、本件運転の場所は小学校校庭であること所論の通りであるけれども、道路交通取に締法第二条第二項によれば同法に所謂「道路」とは道路法による道路、自動車道のみならず一般交通の用供きするその他の場所をも包含すること明かであるから、学童その他一般公衆の多数出入する小学校校庭の如も道路交通取締法にいう「道路」の中に包含されるものと解するを相当とする。従て被告人が法令に定められた運転の資格を持たないで原判示小学校校庭において本件貨物自動車を運転した以上かかる所為もまた道路交通取締法第七条第一項第二項第二号第二十八条に該当するものと謂うべきであつて、原判決には法律の解釈適用を誤つた違法はなく、論旨は採用し難い。
同第二点及び被告人の控訴趣意について。
論旨はいずれも原判決の科刑は重きに過ぎると謂うのである。しかし本件記録を精査し論旨援用の事実その他諸般の情状を斟酌しても原審が本件につき(本件行為により七歳の児童に全治約一ケ月を要する右鎖骨骨折等の傷害を与えている)罰金五千円を量定したのは相当であつて、その科刑決して重きに失するとはいえない。従て論旨は理由がない。
その他職権で調査するも原判決には刑事訴訟法第三百七十七条乃至第三百八十三条に規定する事由が認められないから同法第三百九十六条により本件控訴はこれを棄却すべきものとし、同法第百八十一条により当審の控訴費用は被告人をして負担させるものとする。
仍て主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人品川書記一控訴趣意
第一、本件起訴の行為は罪とならないのに、原審が有罪の判決を言渡したのは違法である。道路交通取締法第一条は、この法律は、道路における危険防止及びその他の交通の安全を図ることを目的とする、とあつて、法が保護しようとする目的は、道路に於ける危険防止とその他の交通の安全を図るに在り。然るに、被告人が法令に定められた運転する資格を有しないで小学校校庭に於て、貨物自動車を運転したことは争わないが、その行為の場所は道路ではなく校庭であり、その行為は何等交通の安全を脅かしていない。唯その運転に因り、過つて野球を見物していた阿木恵を傷害したのであつて、被告人の行為は、道路交通取締法が保護しようとしている道路、交通には何等の関係がない。故に原審が、被告人の本件行為を道路交通取締法第七条第一項第二項第二号第二十八条を適用して処断せられたのは、失当であるから、原審判決を破棄して無罪の御判決を言渡されんことをお願い致します。
第二、仮に被告人が有罪であるとしても、原審の科刑は重きに失すると信じます。以下その理由を陳述致します。1、被告人は校庭に於て、貨物自動車を運転し、阿木惠に轢傷を負わしめたが、その傷は幸にして入院十一日にして全治し、被害者の親権者阿木元次郎は、被告人の将来を慮り、被告人の処断は寛大ならんことを希望している(司法巡査並に検察事務官の作成した各阿木元次郎の供述調書)。2、被告人は月俸参千弐百円を受けているに過ぎないのに、被害者に見舞として金五千円と果物弐籠を送つている(原審公判調書並に前掲阿木元次郎供述調書)。之れ等見舞の金品は固より多しとしないが、被告人の収入状態から観れば必ずしも尠しとしない。3、被告人は徳島中学校を卒業して、現に徳島県土木出張所に職を奉じて居り、前途多望の青年公務員である、此の被告人に罰金刑の前科を烙印することは、その将来を暗雲に閉さすものである。此の点に於て、被告人に対する罰金刑の実刑は公職を帯びていない普通人に比し苛酷である。苦痛である。4、被告人が怪我をした日に見舞に行かなかつたのは、その当時現場にいた斉藤医師が怪我はしていないと言つたので、安心したからであつて、(原審公判調書)怠慢に出たものではない。5、被告人の控訴趣意書に依れば、被告人は犯行の後、悄然として深く前非を悔い、夢寝の間にも此の犯行を想い起して、動作を慎重にして再び刑律に触れることなきを堅く誓つている。斯くの如く過去の過失を悔い、戦々競々改心してゐる被告人に、何故実刑を科せなければならないか、換言すれば実刑を科するの要那辺にあるか、本弁護人は被告人には実刑を科するの要なしと信ずるものである。
以上の事由に因て原判決を破棄して執行猶予の恩典を与えられたい。若し絶対実刑を科するの要あらば原審罰金額を低減して軽く御処断あらんことを懇願します。
被告人の控訴趣意
刑事訴訟法第三八一条前段の規定に依りてする上訴で前審徳島地方裁判所がした判決は刑の量定不当なりと存じて控訴した次第であります。即ち前審裁判所がした宣告は被告人の犯行が当該法律に照して法定刑を超へては居りませんが犯行の動機が唯一時的偶発性のものであつて而も犯行の主体である被告人は犯時年少の未成年であり其の注意力を備ふる処自体が軽操浮薄の精神状態であるが故に慎重の注意を欠ぎ深く前後を弁識せず偶発的児戯に等しき浅墓なる心掛の下に為したる犯行が不慮の罪を犯すに至つたものである。依て前審裁判所は其の情状を憫諒して折角に恩典を与へて改悛の自新を促す刑法第二五条の規定があるに拘らず其の情状を酌量して処断せられず、被告人に対して罰金五千円に処するの判決言渡しを為されたるは刑の量定を誤り不当の量刑を為したるものと存ずるので上級審なる貴庁の御審理を仰ぎ減刑の御処断を求めんとして上訴を致した訳です。
上訴に付き請求の要旨
被告人は犯行後悄然として前非を悔悟し将来再び罪を犯して刑罰を受けぬ事に衷心から誓ひ居常慎重の動作に更め夢寝の間にも忘るることなく既往の失敗を思ひ起し臍の悔をなし断腸の思ひを為して只管改悛の情を表すの行状でありますから貴庁に於て「原審判決を取消し(破毀)て前審のした量刑以下の刑を量定して処断し刑の執行を法定期間の範囲内で猶予せらるる相当の御裁判を求めます」。
犯行の概要
被告人は自動車運転免許を受有せずして昭和二五年三月名東郡北井上村小学校校庭を自動車に乗つて遊戯的に疾駆中校庭で遊ぶ兒童の一人に車が触れて負傷せしめたもので、被傷者は医治に依り既に治癒し被告人は負傷後懇に陳謝して其親達の憤りを宥め医療に要した費額の償ひもして親達は納得して問題化せずして事済となれるが其間に検挙されて糺弾を受くるに至つたものである。
刑訴第三八一条の援用事項
訴訟記録及原審で取調べた事実は凡て本件の控訴に援用する。